atawataaaという女(1)

よくある、どこにでもいるようなメンヘラの話をする。


大阪中心部まで電車で1時間、よくある田舎のベッドタウンで育ったわたしの家庭環境は良くもなければ悪くもなく、ただ2020年の価値観に当てはめると確実に「虐待」に針が振れる、そういう環境だった。
母親は気分屋でヒステリック、物に当たってくれればよかったが矛先はもっぱらわたしに向かった。
彼女が怒る理由はもう思い出せない。たぶんご飯を食べるのが遅いとか、返事の声が小さいとか、そういう感じだった。
とにかく、彼女は怒るとわたしを殴ったり、階段から突き落としたり、土間に投げ落としたり、冬の夜に家から追い出したりした。もう虐待の宝石箱だった。
一度彼女が掃除機をフルスイングしてわたしの顔面を殴ったらテキメンにあざができ、慌てた彼女は翌日小学校に向かうわたしの顔にファンデーションを塗った。それがわたしのはじめての化粧だった。


わたしはいつでも母親に怯えていて、一方で優しいときの母親は好きで、だからいつも優しい母親であってくれたらいいのにと思った。
彼女は賢くて真面目な娘が好きだった。母は、彼女の父から充分な教育を与えてもらえなかったことを数十年経っても恨んでいたのだと思う。彼女の抑圧された願いは「教育の機会」という形でわたしに還元された。
「賢くて真面目な娘」がどういうものかわからないけれど、とにかく母の期待には応えたかった。クラス委員も生徒会長も立候補した。品行方正さをアピールする方法が、当時の自分にはそれくらいしか思い浮かばなかったからだ。
勉強の仕方はわからなくても、予備校でぼんやり話を聞いているだけで賢くなった気がした。
文章を書くのだけはうまかったから、適当にもったいぶった言葉を解答欄に連ねていったら、いい感じに大阪大学に合格した。


母親は下宿を認めなかった。家から充分通えるからだ。
親元を離れるという選択肢がないまま、わたしは大学生になる。