花束みたいな恋をした

センチュリーシネマで見てきました、「花束みたいな恋をした」。
上映開始から3日目なのに10人くらいしか客席埋まってなくてこわかった。これが緊急事態宣言の力。



開始30分くらいは完全に外れの映画を引いたかなという気持ちで見ていた。外れというか…大学時代の自分を見ているようで恥ずかしくて。大学生の有村架純菅田将暉、まだ何者にもなれない二人が好きな作家やアーティストや漫才師をぶつけ合うシーン、何者にもなれないから「何を好きか」だけを個性とする感じが痛々しくて眩しかった。
押井守も知らないなんてどうかしてますよね!今村夏子が好きなとこ一緒ですね…!みたいなの、アー!アーーーッ!!!ってならない?わたしはなる。


でもやっぱり趣味が一緒だと嬉しいし、自分の知ってるものを相手も知ってくれてると嬉しいし、好きになっちゃうよな〜。わたしも天竺鼠の単独公演行く菅田将暉がいたら絶対好きになるもん。ただ天竺鼠の単独に行く菅田将暉は、M-1見たあとにnoteで感想エントリとか書くと思うからやっぱり嫌だな。


大学生だった菅田将暉有村架純が、社会に出て変質して戻らなくなっていく。好きなものだけを個性にして生きていけなくなる。お互いの価値観がだんだんずれていく。
社会性を身につけて、仕事の価値観も諦念も一丁前に語れるようになった代償が、恋人に対して「こいつ精神年齢低すぎんな」みたいな気持ちを抱くことなの、本当に最悪なんだよな。でもそうなるよね。なんで社会人になったらみんなそうなっちゃうんだろう。わたしもそうですが。
仕事でメタメタにされた菅田将暉が、「ゴールデンカムイ読みなよ」って言う有村架純に対して「パズドラやるくらいしか気力ねえの」ってイラつくシーン、もう一番の共感。好きだったものを愛せなくなっていく、趣味とか生活が。
有村架純よ、それは責められんのよ…責めんとってあげんでくれ…わたしが将暉に代わって謝るから…


(つづく)